実際、総計的なマクロ用具で経済をファイン・チューニング(微調整)するという考え方は専門家のうぬぼれです。
時計を合わせるのに大きな金ヅチを使うのと同じでしょう。
マクロ政策決定のもう一つのむずかしさは、あまりにも多くのことがわからないということです。
エコノミストが経済を知れば知るほど、その知識が経済政策にもつ意味についてますます確信がもてなくなります。
たとえば、減税は資本投資を増加させるかどうか、産業政策が日本の経済的成功の鍵なのかどうか・・・。
あるいはオートメーションが雇用総数を増加させるか減少させるかについて、広範な意見の食い違いがあるのです。
大恐慌の原因ですら明確でありません。
ミルトン・フリードマンその他の人々は、大恐慌がかつて一般に信じられていたように厳しい関税によって引き起こされたものではないといっています。
連邦準備理事会が1929年から33年の間にマネー・サプライを3分の1も減らした・・・
そのことが銀行を貸金取立てに駆り立て、企業を倒産に追いやり、労働者を失業させ、経済全体の需要を減少させたということによるのだと主張しています。
全く同じ状況や事実についての意見の衝突は、政策決定者の見解が、まだ論争中の事実によって形成されるのと同様です。
彼らの出身校や思想的な好み、勤務経験および政治的同盟によっても形成されるのだということをはっきりと示しています。